・・福祉ひろば関係論文・・
(↓の項目の文字の上をそれぞれクリックして見てください)

市民公開講座、福祉ひろば、そして福祉ビジョン
 信大医学部公衆衛生 丸地信弘
松本に生まれるべくして生まれた「地区福祉ひろば」
 29地区福祉拠点事業推進研究会素案作成委員長 手塚英男
地区福祉ひろばができちゃった!人が変わった、地域も変わった
 松商学園短期大学総合研究所 白戸 洋
地域福祉文化と地区福祉ひろば
 松本市高齢者福祉課 矢久保 学
公民館の発想を取り入れた地域の福祉づくり
 松本市高齢者福祉課 矢久保 学


このページのトップへ


市民公開講座、福祉ひろば、そして福祉ビジョン
~問題改善に普遍的に生かせるモデル探し~


信大医学部公衆衛生 丸地信弘

はじめに

五年ほど前、何が契機か忘れたが、市役所の若い人たちと信大の中で勉強会を始めた。
その内ヽ誰かが大学の中の勉強会ではもったいないから、市民公開講座を企画しようと提案し、当時、市役所内の話題にあった「福祉ひろば」を取り上げることになった。

何でもそうだが、実在しない事柄を想像し、それを生活の身近なところで具体化することは大変である。討論素材の「福祉ひろば」もこの部類に属したため、今では考えられない程の異論が続出したが、その後に市内の数ケ所にその建物が完成し、実働しはじめたら公開講座の討論もスムースに進むようになった。

そんな縁から、昨年から松本市の「福祉ビジョン懇話会」に関係するようになり、今は来年三月の最終報告に向けた準備作業に入り、市民公開講座の時とは一味違った雰囲気の中で過ごしており、ここでは「福祉ひろば」は部分として扱われている。

今回、市役所で福祉ひろばに関する資料集を作成することになり、それに関わった私も何か書くように依頼された。人前で話し、人々と討論し、自分の考えを文章に表わすことが自分の仕事だから、上記の依頼は簡単と思っていたが、実際は多様な仕事に迫われていて、締切の数日前にやっと原稿を書き始めた次第である。

そんな中で私の心の中にいまあるのは、上記の活動を通して共通に感じているある一つの事柄である。簡単に言うと、それは人間には社会的な問題改善に向けたある種の共通感覚があるのに、それを適切に生かした共同作業をしていないことが多い。そこで、この深層意識をこの機会に何とか「福祉ひろば」と結びつけて書き表わしてみたい。

人類共通の共通感覚の図解

人々が社会生活で力を合わせて問題改善する基本姿勢は<二人二脚>である。もちろんそれには適切な支援環境を意識する必要があろう。こう言えばそれは当然のことであるが、言葉は多様に受けとめられやすく、西欧では二人三脚は三脚レースと表現して、力を合わせている二人は全く表現されておらず、むしろ競争概念と受けとめる傾向さえある。

しかし、漢字文化の中で生活している日本や中国ではそんな誤解は少ないが、二人三脚は協力の比喩として使われても、ここで述べる深層意識として取り上げられることも少ない。幸い、私たちはいろいろな国で地域の保健医療対策に関する討論をすることが多いので、言葉の壁を越えた共通理解に早く到達する方法はないかと何時も考えているから、その考えを国内の住民参加の地域福祉の展開にも生かそうと思っている。

最近、私達は上記の思いを「組織調整モデル」と呼ぶようになり、中国・タイ・英国などで活用して面白いほどの関心を呼び、最近も市内の公民館や地域福祉の話し合いで関係者の思いを要約するのに図示したところ、実に効果的で好評を博した。しかし、説明した自分が後になってその図の中に人れた言葉を思い出せないこともあるという意識的な問題も感じている。それでは、最近の話し合いでたびたび話題になっている「公民館と福祉ひろばの関係」について、その環境条件と一緒に表わしてみよう。

なぜ、こんな図解が必要になったか。既存の公民館の関係者の中には新しい福祉ひろばは邪魔者と言わないまでも、よく似た建物を余分に作るという反感があり、-・方の福祉ひろばの関係者の中には公民館は役に立たないという印象が一部にあり、その結果は一人三脚を形成する余地がなくなってしまう。しかし、現実には福祉ひろばは市内で確実に動き始めており、両者が地域づくり・社会教育・地域福祉に関する相浦関係を意識して協力するのが当然という考えも芽生えている。そのためには、外枠の五つのキーワー-ズの重要性も意識する必要もあろう。

福祉ひろばと公民館活動の関係図

なお、このモデルは確かに私たちが考案したが、そのルーツは中国の「陰陽五行説」にあることも見出しており、その場合は陰陽のマークを真ん中に置くのは当然である。こんなことに気付くのは私たらが中国医学と西洋医学の一体化を計ろうとする<中西医結合>に関心があるためだが、その奥には私達が<多様化の中の一体化>という現代的課題に相当に関心を払っているからである。

地域福祉に必要な生活感覚の回復

よく、福祉は特別なことではなく、極く普通の住民感覚を生活次元で発揮するだけのことだという。確かにその通りである。しかし、困ったことに、現代生活では人々が異常なまでに西欧中心の分析科学に指向して、自己と他者の関係まで分けたがる傾向が強い。そのため、近年では保健・医療・福祉の連携の必要性が叫ばれているが、これでさえ言葉の定義から理解できないと納得できない人が多くなっている。

実は、前記の生活感覚に根ざしたモデルを私が語っているのも、利学に人間性の回復を計りたいからである。そのため、人間中心の総合接近は人文・社会・自然和学の三位一体化を意味しており、健康文化や福祉文化が叫ばれる社会的な背景にはそうした入々の内なる願いが込められているからだろう。

従って、こうしたことを身につけるには、読書も大切だが、本当は身近な福祉問題をいろいろな人々と協わして改善するための「生涯研修」の日常実践こそが大切であり、私達もその観点からいろいろな市民活動に参加しているのが本音である。事実、前記のモデルもそうした市民集会の中から気付き、その有効性もそれらの話し台いで点検しており、それを外国にも持ち出して学際・国際的意義を高める努力をしている。

最近、よく外国というとアメリカと錯覚するような意識が蔓延しているが、上記のような観点からすると、最近のアメリカ的発想には要注意と言わざるをえない。その点、西欧の力がまだ幾つか余地が残されているよう思うし、それと同等に開発途上国にも関心を開く必要もあるだろう。そう理解すると、入間として共通する感覚を再点検し、他者から学び、問題改善に国際・学際協力する時代に色々な分野で人っていることは確かである。

(肩書きは当時のまま記載しております)


このページのトップへ


「地区福祉ひろば」前史
松本に生まれるべくして生まれた「地区福祉ひろば」
――職員プロジェクトチームの研究と提言――

29地区福祉拠点事業推進研究会素案作成委員長
手塚英男
(松本市農業委員会事務局)

松本は、公民館活動が、全国的にみても、盛んなまちです。
その理由は、①身近な地区に公民館が設置され、②地域づくりの課題を中心にすえて、住民参加で運営され、③公民館主事が住民とともに熱心にとりくんで来た、からです。
こうした公民館の学びから、「自分そだて」「地域おこし」のさまざまな住民活動が生まれました。公民館は、市民が元気になる源泉、自治と活力を築く地区のひろばです。
地域づくりの学習のなかで、一番大事なことは、高齢化社会を迎えて、松本の地域福祉をどう築いて行くか、の課題でした。自分たちが住んでいる足元の地区で、住民だれもが生きがいをもって、安心して、元気に生きられる――そんなまちづくりを進めるためのとりくみです。
町会や地区社協と協力して、地区担当の保健婦と連携して、また地域の高齢者や障害者と一緒になって、各地区の公民館は、この課題に向きあって来ました。
私白身も、なんなんひろば(南部公民館)で、「熟年塾」や「ひとりぐらし高齢者お元気さろん」など、身近な地域の高齢者白身による学びと福祉づくりにとりくんだ体騒があります。
神林公民館で、保健婦が公民館主事や地区社協・ボランティアの人たちととりくんだ「すこやか健康教室」(老人保健法に基づく機能回復訓練事業)は、身近な地区内の活動がこれほど求められ、支持されるものだ、ということを教えてくれました。
蟻ケ崎西町会の「蟻の会」の活動や横田老後を支え合う会の活動は、もっと身近な町会の福祉についての可能性を浮き彫りにしました。
社協では、地区ボランティア活動の組織が生まれ、普段着のボランティァ活動が芽生えて来ました。
ほかにも、身近な地域を足場にした、数々の活動がとりくまれました。
こうした諸体験を通じて、これからの福祉は、大松本主義でなく、小地区主義で育てて
行こう、という方向が見えて来ました。
「福祉と生涯学習は、身近な地区自治で!」――つまり、松本の福祉や生涯学習は、「身近な地区で」「住民自治で」築いて行こうというスローガンが唱えられ始めました。
身近な地区こそ、住民がくらす場所、顔が見える場所、北欧の福祉(「福祉地区」でおこなわれている社会ケア)を信州の風土に生かせる場所、ユ二ークな福祉のとりくみをしている信州各地の過疎村から学べる場所です。
その身近な地区で、住民の力で福祉を築こうという行き方は、これまでの松本の公民館活動や社協活動、ボランティア活動の蓄積から、生まれるべくして生まれた必然、といえます。
そんな折、92年3月の市長選に際し、「29地区福祉拠点の整備」の公約を掲げた有賀市長が初当選しました。
また、松本市の「老人保健福祉計画」(93年3月策定)には、「6つの保健福祉地域」(要援護老人に対する支援拠点)の設置と「既存の地区公民館などの機能を見直し、不足している部分を補うことによって健康な老人に対する福祉拠点として位置づける」という政策が盛りこまれました。
こんな事情を追い風にして、地区福祉づくり、そのためのの拠点づくりが、いよいよ現実の課題となって登場して来たのでした。

その具体化にあたってとられた手法が、行政には珍しく型破りのものでした。ナワバリを越えて、白分から名のり出た職員が議論をして地区福祉拠点づくりの設計図を描く、それが「29地区福祉拠点事業推進研究会」という職員プロジェクトチームでした。
このプロジェクトチーム方式は、「生涯学習構想」づくりで試みられたものをより発展させて、社会部の担当職員のがんばりで実現したものです。
名のり出た職員は27名、福祉職場の職員と社会教育職場の職員が、大半でした。他に出張所職員、社協職員、ホームヘルパー、ボランティアコーディネーター、作作業療法士、看護婦、学校給食調理員など多彩な顔ぶれでした。
会長は助役、事務局長は社会部長、事務局は社会部の各課が担当しました。
94年6月20日、研究会の発会の日、会長(助役)は、「松本の福祉のあり方を幅広く論議し、おおいに夢を語ってほしい」と、あいさつされました。
研究会は、全体会で、福祉拠点の理念・機能、推進体制・事業、身近な地区での公民館活動や「すこやか健康教室」の体験、研究会のすすめ方などを話しあい、共通の理解をした後、3つの分科会(①条件整備と連携のあり方②相談と安心のネットワークづくり③主要事業の展開)に分かれて、具体的な議論に入りました。
分科会は、7月から9月の末まで、昼の部、夜の部を折り混ぜて、活発におこなわれました。
約5ケ月の議論をへて、「29地区福祉拠点事業推進に関する提言書」がまとまり、同年11月2日、市長に提出されました。
提言書は、3つの基本として
(1)高齢者比率15.7%に達する松本市の高齢社会の現実
(2)老人保健福祉計画に基づく「地方分権」の時代
(3)身近な地域において盛り上がりつつある住民参加による地域福祉づくりの潮流を上げ、さらに、6つの重点として
(1)高齢者の立場に立つ
(2)公助・共助・自助の役割と連携を大事にする
(3)地域主義によって解決する
(4)北欧・県内外・市内の先進的福祉事例に学ぶ
(5)生涯学習との結びつきを緊密にする
(6)職員の仕事を見直す
を掲げ、この「基本」と「重点」を前提に、次の提言をおこないました。


1松本の「福祉○原則」の確立と「老人福祉まちづくり宣言」
スウェーデンの福祉5原則などに学んで、松本の福祉理念を明らかにするとともに、それを盛り根込んだ都市宣言をおこなう
2身近な地域主義
人口20万、面積265平方キロの松本市を6つの福祉地域(2つの中学校区を合わせた地域――「松本市老人保健福祉計画」による)と29の福祉地区に分け、住民がくらす身近な地域こそ「ニーズの把握」「迅速な解決」「住民の参加」が可能との立場から、それぞれの福祉を築く
(1)6つの福祉地域――公助の前線基地
各福祉地域にデイサービスセンター、介護支援センター、健康福祉センター(関係職
員を配置したマンパワーセンター)を設置し、行政の責務による福祉事業(公助)の前線基地とする
(2)29の福祉地区一共助のひろば
各地区に「地区福祉ひろば」という施設を設置し、公民館など地区施設と協力しながら、健康や福祉の相談、情報、すこやか健康教室、生きがいづくり、交流、学習、給食サービス、ボランティア育成、支援など、行政の応援を得つつ地区住民参加による共助のひろばとする。地区福祉ひろばの管理・運営は地区住民の事業推進協議会が行ない、また住民の中から適任者に地区福祉コーディネーターを委嘱し事業を推進する
3職員の分散配置と責任
保健婦、ケースワーカー、ホームヘルパーなどの職員を6福祉地域の健康保健センターに分散配置し、この職員集団に現場解決に必要な責任と権限を持たせる。同センターに福祉事務所機能を持たせる
4公聴・共助・自助の調和
公助(行政の責務に基づく社会ケア)を土台に置き、共助(住民参加の地域福祉活動)や自助(公助・共助の活用と自立)の調和で、地域福祉の充実をはかる
5福祉・保健・医療一生涯学習の協同
住民参加による身近な地域の福祉づくりをすすめて行く上で、福祉・医療・保健の連携とともに生涯学習の果たす役割は大きい。地区福祉ひろばと地区公民館の協同、地区常駐職員(公民館主事、出張所職員など)または地区担当職員(保健部、ケースワーカー、ホームヘルパーなど)によって「地区担当職員プロジェクト」を組織し、協同を促進する
6ハード・ソフトづくりにおける住民参加・所員参加
「提言」をたたき台に、地区福祉ひろばの施設づくり(ハード)やその活用、運営(ソフト)のやり方を、各地区ごとに、住民と地区常駐・担当職員が検討する


さて、以上の提言を受けて、松本市は、迅速に具体化にとりくみました。
(1)条例の制定――95年2月定例市議会において「松本市地区福祉ひろば条例」制定
(市町村の条例のなかに、「地区福社」の文言を唱い、自治体の自主的事業として地区福祉づくりを進めようという市は、他にないのではないか)
(2)地区福祉ひろば整備計画策定・実施――99年度までに29地区すべてに、計画的に地区福祉ひろばを整備(94年度5館 95年度5館 以下略)
(3)地区福祉ひろば事業推進協議会の設置・討論一地区福祉ひろばを整備する各地区ごとに、地区社協、福祉団体、ボランティアなどによる協議会をが設置され、施設や運営、事業のあり方を論議
(4)管理費・事業費の予算化-95年度より、活動を開始した地区福祉ひろばに、施設管理費や事業費の予算を確保(一施設平均約100万円)
(5)ひと(担当職員地区福祉ひろぱコーディネーター)の配置――高齢者福祉課に保健婦と指導員の配置(地区福祉ひろばにでかけ、「ふれあい健康教室」を応援する)
また各施設ごとに地区福祉ひろばコーディネーターの配置(地区福祉ひろばの運営・事業を調整し、推進する。新市は地区内から適任者を委嘱、旧市は市嘱託職員)以上のように、施設(もの)、予算(かね)、職員・コーディネーター(ひと)の条件整備と地区住民組織づくりがされて、地区福祉ひろばは本格的に動き始めました。
職員研究会の提言が、これほど素早く実施に移されたことは、生まれるべくして生まれた必然性があったにしろ、福祉行政の「ヤル気」を充分に感じさせました。

市民のなかには、地区福祉ひろばについてのさまざまな異見(疑問や反対論)があります。市単独で、新しい事業を始めようというわけですから、議論が沸騰して当然です。
それらの意見をまとめてみると、①上からの施策で、住民の求めていないものができた②困っている人を支援するには、共助より公助の充実が先だ③共助をいうならば、町会福祉を重視すべきだ④健康老人の遊び場であって、介護を必要とする高齢者は利用できない⑤公民館と同じだ、公民館の有効利用を考えた方がよい⑥施設が狭?、不備、遠隔である⑦コーディネーターに人を得ていない・・・などです。
実際の地区福祉ひろば活動に即して、これらの意見を検討すれば、いまの活動に足りない点や基本からはずれた点が明瞭に淳かび上がり、より充実した地区福祉ひろば活動につながって行くでしょう。
現に、95年度からスタートした「福祉のまちづくり講座」(信州大学医学部公開講座 松本市社会部・松本市教育委員会共催)や96年10月に設置された「松本市高齢者及び障害者に関する福祉ビジョン懇話会」第3部会(地区福祉ひろばと地域福祉の推進)では、市民主体、職員参加で、熱心な討議と交流がすすめられて来ました。同懇話会の『中間報告』(97・9・5)には、こうした論議の跡と結論ががいきいきと報告されています。

IV

職員研究会で論議し提言した立場から、地区福祉ひろばを支えるための残された課題をいくつか挙げましょう。
(1)6福祉地域の整備――「提言」は、公助の前線基地として、各福祉地域に、ディサービスセンター、介護支援センター、健康福祉センターを設置し、またケースワーカー、保健婦、ホームヘルパーなどの関係職員を配置し、地域へ派遣する「マンパワーセンター」を設置し、これら職員に現場解決に必要な責任と権限を持たせて迅速に事態に対応する(北欧福祉におけるコレクテイブ方式)よう提言しています。
これは、「松本市老人保健福祉計画」に盛られた「保健福祉地域」の構想とも合致したものです。
地区福祉ひろぱ(共助のひろば)は、福祉地域(公助の前線基地)の施設、制度、専門職員に支えられてこそ、「公助に足りない面を補う」「公助にでないことをおこなう」「まず共助がやって公助につなげて行く」という共助の役割を果たすことができます。
6福祉地域が整備されて、29地区福祉ひろばは、ほんとうの姿を表わすでしょう。
(2)地区担当職員チームの連携-一地区福祉ひろばの活動を支えるため、地区常駐職員(出張所職員、公民館主事)と地区担当職員(保健婦、ケースワーカー、ホームヘルパー)による「OO地区職員プロジェクトチーム」を組織し、地区担当の職員の立場で、住民の「推進協議会」と協力して、地区福祉づくりにとりくむことが望まれています。チームの推進役は、公民館主事が最適です。
(3)地区内開業医の協力ー地域の福祉づくりには、医療との連携が欠かせません。県内のユニークな地域福祉づくりを進めている町村には、必ず診療所などの医師の働きがあります。地区福祉ひろばを中心にした地区福祉をすすめる上で、地区内の医療機開一開業医の参加と協力が、絶対に必要です。
(4)町内公民館の福祉活動支援一一町会福祉を築く拠点は、町内公民館です。松本市は96年度から町内公民館の福祉施設の整備に対して、別枠の補助金を交付し、福祉活動の条件整備を進めています(96年度7件)。これも全国に例のない施策です。
この町内公民館を拠点にした町会福祉のソフト事業に対して、地区福祉ひろばは積極的に支援し、地区福祉一町会議福紘一近隣福祉の地区ネットワークの核になることが望まれます。
(5)地区住民自治の充実-一共助のひろばの主役は、地区住民です。地区福祉ひろばの
運営や事業は、住民自治によってとりくまれます。住民自治を担う組織は、事業推進協議会です。協議会がそうした役割を果たせるように、関係団体や役員の連終会から脱皮し、積極的な個人も参画できる場となることが求められています。また、協議会が中心となって、地域の実態やニーズを明らかにし、これを解決するr地区福祉プラン」をつくったり、行政に支援を要請したりする活動も大事になります。
(このとりくみをすすめる上で、地域課題の学習にとりくむ地区公民館との連携が必要です)
以上のうち、(1)については、行政の責務においておこなわれるべきものですが、(2)~
(5)については、地区住民と職員の「その気」で実現できるものです。
一、二の地区がぜひ名乗りをあげてモデル地区となり、先進事例をさし示してくれることを、切に望みます。
なお、松本市の地区福祉ひろばは、他の自治体にはない松本市独白のとりくみとして、全国的に注目を集め始めています。地区福祉ひろばや地区福祉づくりを取り上げた2つの資料を、紹介します。
○『生涯学習のあらたな地平』の第U章「生涯学習と福祉が出会うとき」(拙筆)
(国土社『教育への挑戦5巻』96・3月刊)
○『地域組織による虚弱・要援護高齢者支援活動促進のための調査研究報告書』
(財団法人長寿社会開発センター97・3月刊)

楽しい「地区福祉ひろば」の歌を、小野和子さんからいただきました。
新村の地区福祉ひろばで唄われている歌です。地区福祉ひろばが、地区の人たちに親しまれている様子が、いきいきと歌われています。
ごいっしょに歌ってみましよう!

ルンールンソング
(「異国の丘」の替え歌小野和子詞)

(1)今日も行こうよ福祉のひろば
友の笑顔が待っている
あなたがわたしが
手に手をとって
心つなぎの輪をつくろ

(2)今日も行こうよ福祉のひろば
夢もふくらむ未来(あした)へと
泣いて笑って
唄って語りや
心ほぐしの道が開(あ)く

(3)今日も行こうよ福祉のひろば
健康体操やゲームなど
気分はればれ
ルンリレンソンク
心そだての花咲かそ

(肩書きは当時のまま記載しております)


このページのトップへ

地区福祉ひろばができちやった!
人が変わった、地域も変わった

松商学園短期大学総合研究所 白戸洋

1過程を大切にすれば

(1)出会いを積み重ねて
「お年寄りやハンディを持った人だけでなく、私たちも本当に心を開いて、本音で語り合える相手がいるだろうか」「ボランティアが全てやってくれる障害者向けの講座より、地区の公民館の活動が好きです。特別扱いされないから、多少戸惑うことも多いけど、ここの地域の一員だと認められた気がするからです」「個室付きの老人施設を視察にいったけれど、金ぴかの棺おけのように見えた」「結局、自分たちがやらなきゃだめ。いかに気よりのいい地域をつくれるかだ」「点字ブロックの上に車が置いてあったら、視覚障害者はぶつかってしまう。点字ブロックは、車を停めないことや歩道に出ている木の枝を切ること、そして『危ないよ』という声掛けなど、人の優しさがあってこそ、初めて役に立つ」人のなにげない言葉によって、目の前が開けていくように悩みから救われることがある。そこには、言葉を通した人と人との出会いがあるのだと思う。本郷地区の地区福祉ひろばが、公民館とともに積み重ねてきた、地区の福祉を語ろうという「集い」にも、そうした出会いがある。平成8年2月に初めて「福祉ひろばを語るつどい」として始まり、1年後には「福祉ひろば」にこだわらず、地区の福祉について幅広く語ろうと、「地区の福祉を語る集い」となった「集い」では、毎回人の心を揺り動かすような言葉に出会い、学びあうことができる。そして学びの中で、住民の一人一人が「福祉」についての意識を深めながら、想いを共有してきた。参加者はいきいきと、そして自由に語り、ちょっぴり元気になって帰っていく。私も毎回多くのことを学び、次の一歩を踏み出す勇気を得ることができる。
(2)「集い」は手作りで
本郷地区の「集い」の特色は地区の住民の手作りという点に尽きると思う。安易に外部の著名な専門家や講師を招かず、地区の住民自身が企画や運営を行うことを大切にしてきた。講師や司会、助言者は自分たちの中で分担して引き受ける。準備のために何度も集まって、青臭くてまどろっこしい議論をする。分科会への人の割り振りのやり方で半日議論が続いたこともあった。実行委員は、町会長や民生・児重委員、公民館長などの役職者から、各種団体の代表、ボランティアグループのメンバー、全くの個人と多様なメンバーでその数は40~50人にのぼる。最初は役職名で顔を出していた人も、周りにつられて、ついつい本気になって議論に加わる。泥臭いまでの手作りが、「集い」をイベントに終わらせず、人や地域が変わりながら未来につながっていく学習を創っている。最初こそ、どうやって動員するかという意見も出たが、2回目以降は「是非大切な課題だから」という思いと「声掛け」が多数の参加に自然に結びついている。3回目の集いからは「肩書きはやめて、個人としての発言を大切にしよう」という意見から、自己紹介での役職名を省くことにした。地区の住民が同じ視線で語り合える雰囲気が生まれつつあるといっても大袈裟ではないかもしれない。
(3)批判から自立、支え合いへ
1回目の集いでは分科会などで、行政や民生・児童委員に対する辛口の意見も多く出た。日く「民生委員はちっとも動かない」「行政は福祉ひろばでお茶を濁すのか」など、どこでも出てきそうな意見である。しかし、1年後の集いでは住民の意識の変化が浮き彫りになる。「民生・児童委員さんも一生懸命やってるけど、住民が多くて大変だ。とてもみんなのことを把握できないよ。私たちも人にまかせるでなく、隣りの一人暮らしのお宅のカーテンを毎朝気にしないとね。昼まで開かなかったら大変だと民生委員さんに連絡するってもんだ」批判することから、自らが何をやるかという意識の変化が起こっているのだろう。福祉ひろばに対する「狭い」とか「遠い」とか「スローブがない」などの文句が、では自分たちでそれをどう解決するかという姿勢に転じてきたことも、「集い」の議論を実りのあるものにしている。集いの準備と議論は、住民の意識を刺激し福祉のネットワークを拡げるとともに、福祉ひろばをはじめとする地区の活動の実践を体系づけて、地域の「福祉」の課題を明らかにし、これからの方向を見出す機会となっている。「集い」は福祉ひろばだけを考える場でも、地区の福祉のあり方だけを考える場でもなく、地域の未来を創っていくきっかけとなっている。

2福祉ひろばができちゃった

(1)ひょうたんから駒
未曾有の高齢化時代を迎え、日本中が右往左往している。松本市も例外ではなく、誰もが事の深刻さに考え込んでしまっている。そのような中で、公的な支援と個人の自助努力の間をつなぐ地域の助け合いという概念が脚光を浴び、その拠点として福祉ひろばが生まれてきたことは理解できないことではない。ただし、地域とか共助という概念をどこまで掘り下げていたかと言えば、出来てから考えろというのが現実である。だから、当初は「市の方針が見えない」とか「考えなしに無駄なものを作って」という批判が出たのも無理からぬことである。本郷地区でも「どうやって使うか」といった議論が延々と続いたと聞いている。「えらいものを作られた。管理を押しつけられて困ったな」というのも本音であっておかしくない。しかし、それが結局自分たちが地域の福祉をどう作っていくかが問われていることに誰もが気付いたとき、ある意味で「あまり考えずに作った」ことが、逆に自由な発想と自立・自助の精神を育てたのではないだろうか。最初からそれを意図していたか、否かは別にして、全国でも例を見ない、地域主体の福祉システム作りのきっかけとなったのである。

(2)価値観が変わる中で
福祉ひろばは、当初から明確な方針があったとは言いがたい。しかし、それゆえに公民館活動などを通じて培われてきた住民のつながりや自治意識と結びつくことで、理念が住民の実践を通して創られつつある。だから、福祉ひろばを見れば、その地区の住民の自治意識や自立が見えてしまう。住民の力量がはっきり出るのが福祉ひろばの怖さでもあり、面白さなのかもしれない。その点では、自治意識が低下し続けてきたものの、社会のあり方が転換期にあるという危機感の中にいた住民にとって、地域を考えるよいきっかけとなったことは事実である。
戦後50年間追い求めてきた経済成長や豊かさがいったい何だったのか。今、誰もが自らに問いかけている。私たちが信じてきた価値観が音をたてて崩れている。阪神大震災と急速な高齢化が、その価値観の転換に拍車をかけている。しかし、意識ではわかっていたものの、きっかけが無くては具体的な変革には結びつきにくい。その点で一人一人の住民にも地区にも、福祉ひろばは具体的なきっかけとなったのではないか。

(3)誰が主体なのか
福祉を受動的に受けとめているなかで、主体が「行政」から「地域」へと移しただけでは、「地域福祉」はサービスの低下にしかならない。日本のこれまでの福祉は、意識は行政依存、実態は個人依存の傾向が大きかった。当事者以外が「福祉」に縁遠いと感じるのはここからくるのではないか。また、行政に要求しても、なかなか満足のいく「福祉」を得られなかった原因もここにある。しかし、これは「福祉」に限らず、他の分野でも同じであり、文句を言いつつ行政に依存するという、自立できない地域や住民の姿が向こうにある。「地域福祉」を考えるということは、自立や自治、民主主義が問われていることではないか。「地域福祉」というけれど、「地域福祉」というものが大切なのは、一人一人が自分や自分の家族と周囲の問題を自分で取り組んでいくときの場が、たまたま自分の住んでいる地域と言うことだ。福祉がよそからもらう物なり、与えられる物ならば、それは社会や行政の問題だが、自分でやることならば、自分の地域のことなのである。「福祉ひろば」には自らを主体者と意識しつつ、地域で課題を共有する地域作りの「場」としての役割が求められている。
だから福祉ひろばは、学習の場とも言えるのだと思う。個人の自立、地域の自立、民主主義の確立、行政と住民の新しい関係作りを学び、実践する場である。福祉を創造する人と人のネットワークを創る場である。できるならば、地域の人々の生活の近くに、存在するべきものだろう。だから福祉ひろばは入り口であって、万能ではない。
福祉ひろばで問われるのは、行政の能力や施策ではなく、私たち自身である。

3無駄をおそれずに

学習には無駄がつきものである。特に価値観が変わるときには多くの試行錯誤が伴う。便利さと効率を追い求めてきた私たちが地域をキーワードに自ら変わろうとするならば、無駄は避けられないだろう。もし福祉ひろばが地域づくりの拠点であれば、無駄を優れてはいけないだろう。あたらしい個人や地域のあり方を模索する場である
ならば、福祉ひろばも無駄なことや効率の悪いことを大切にする必要がある。本郷地区の「集い」は、無駄をしたがために、一人一人に「集い」が作り上げられていく過程が見え、自分も参画しているという意識を生んだ。それが、10年先、20年先の地区の財産になっていくだろう。50年、100年という単位で地域を考えるならば、ここ数年の無駄はむしろ未来への投資になるだろうと思う。
「私は、私みたいにやさしくない人間に対して、周りの人が、なんでこの人が福祉なのかと思っていると思うと、福祉の道に行くのはよそうと思った。でも、私は誰もが嫌がる足の悪い祖母の入歯を運んだとき、私も嫌だったけれど、普通に渡した。その時、祖母が、「ありがとう」といってくれた。私は気分がよかった。
昨日、本郷の福祉ひろばの乾さんが、福祉は「なんでも屋」といった。私は祖母に対して私がしたことも福祉のひとつだと考えたら、私でもいいんだと思った。私はなんでアルプス福祉会や福祉ひろばに感動し、近所のデイサービスに幻滅したのだろうと考えた。きっとそれは、あなたのためを思ってやってあげているという、考えがあるかないかの差だったのだろう。だいたい、あなたのためを思って私はやってあげたのにという考え方は、私と弟の間でもあるけれど、よい方向にはいかない。やらせるというのは簡単だけど、その人の立場に立つか、その人自身の考え方に従うかの方が、お互い気分良く過ごせる。
私は今までみんなが住みやすくなれぱいいと分かっていたけれど、みんなの中に私自身が入っているということは、考えもしなかった。私のためにと考えても、どういう社会が私が暮らしやすいのか、まだよくわからない。だから、そのために障害者の人やお年寄りから学んでいきたいと思う」
自分は優しくもないし、いい子でもないから福祉にはいけないと涙ながらに悩みを訴えた松本近郊の町から通う予備校生のAさんは、本郷の地区福祉ひろばで、福祉や地域、そして自分とは何かをつかみかけ、福祉の道に進むことにもはや躊躇しなくなった。福祉ひろばでの出会いから、未来の「福祉」の芽が着実に育っている。

(肩書きは当時のまま記載しております)


このページのトップへ

地域福祉文化と地区福祉ひろば

松本市高齢者福祉課矢久保 学

1 福祉は特別なものではない

「これまでの福祉」は、暗いイメージをもった、一部の人が関わる「特別なもの」でした。「お恵み」や「ほどこし」「対策」といった福祉の歴史が、福祉のお世話になることは社会から恪印を押されることだ、という社会通念を生み出してきました。
松本では「これまでの特別な福祉」に対する「福祉は特別なものではない」という「福祉の普遍化」議論が活発に行われてきています。『松本市福祉ビジョン懇話会』(一般公募者を含む市長の委嘱による市の審議会)や『市民公開講座地域福祉のまちづくり』(信州大学、松本市、松本市教育委員会、社会福祉協議会の主催)では、市民と職員が一緒になって議論を重ねてきました。
そこでは「これまでの福祉」のあり方をあいまいにしたまま、その延長線でサービスを中心とした福祉を考えるのではなく、「福祉とは何か」という原点に立ち返って福祉を捉え直していくことが強く求められてきました。その議論を通じて、福祉を地域づくりの輸とした「新しい福祉観」や「これからの福祉」の方向性が示されてきています。
そして、「これからの福祉」の具現化に際して期待されているのか、松本市が独自に進めている『地区福祉』です。福祉ひろばは、「収容型」「サービス提供型」の福祉施設ではなく、「創造型」「自治型]の施設です。身近な地域で「これからの福祉」について考え合い創造していく場として福祉の役割はますます大きくなっていくと考えます。福祉を身近な地域の「福祉文化を切り拓く拠点」として位置づけていくことが重要なポイントとなってきました。

2 福祉はまだ特別なもの

福祉事業を通じて、地域から福祉のいろいろな実態が垣間見えてきます。
ひとり暮らし高齢者のAさんは、「まだ福祉のお世話にはなりたくない」といってデ
イサービスの利用を拒否しています。
介護者のBさんは、「あなたが家にいながら、なぜヘルパーを頼む必要があるの」と親戚からいわれています。ヘルパー派遣を依頼した後も世間体が気になるといいます。
痴呆が進んだために特別養護老人ホームに人所したCさんの家族は、周囲の人に訪ねられると「今病院に入院しています」と話しているようです。
民生委員のDさんは、「あるケースに関わって『民生委員のあなたが家に来るだけで周りから白い目で見られてしまうのよ』と言われ、夕方になって裏口からそっと訪問するようになった」と話してくれます。

地域のこうした実態に触れるたびに、福祉はまだまだツ特別なもの」であると感じます。これまで行政の福祉は、困った対象者に対して今ある公的な福祉サービスをどうつなげていくか、という枠組みの中で仕事をするのが一般的な傾向でした。福祉サービスの量も質も充分でない状況では、結果として決められたサービスの枠の中に効率よく対象者を押し込まなくてはならないという実態もありました。したがって、福祉関係の職員は、今困っている人を何とか救おうということに精一杯であり、時には矛盾を感じながらも社会全体の大きな流れの中で「特別なものである福祉」を捉え直していくことは難しいことでした。

3 問題の解決を広い視野で

「これまでの福祉」には、「特別な一部の対象者を効率よく処遇する」という考え方や実態がありました。たとえ選択肢のない、仕方のない結果であったとしても、「地域でいきいきと暮らせない人びと」を生み出してきました。
障害を持つために住み慣れた地域を離れて施設に入ることしか選択できなかったEさんも、家に閉じこもったまま人との接触の少ない高齢者のFさんも「地域でいきいきと暮らせない人びと」なのです。
できることなら住み慣れた地域で暮らし続けたい、と多くの人が願っています。しかし、障害を持つことや、介護をする人がいないことが理由となって、地域で暮らしたいという願いが「福祉」という名のもとに断ち切られてしまったこともありました。しかも、収容型の福祉施設は多くの場合人里離れた場所に建てられ、そこには現代の姥捨山というイメージさえあります。
こうした問題に対して、行政の福祉は施設建設のあり方や介護者に代わるホームヘルプサービス等、「福祉サービスの量と質の問題」として問題全体の一部だけをやや近視眼的に見てきたという傾向があったのではないでしょうか。サービスを中心とした「これまでの福祉」の枠組みを外側から見る視点が弱かったことが、福祉を特別なものにしてきた要因の1つであったと思います。これからは、暮らし全体の質を向上させ、自立や支え合いを支援していく発想に加え、福祉を文化的な領域で考えるといった発想が必要だと考えます。
例えば、社会の中に「効率を優先し、異質なものを排除する」という考え方があることを問題としていきたいのです。たとえサービスが向上しても、こうした考え方を変えていく努力がなければ、障害を持つ人や高齢者を含めた誰もが暮らしやすい地域づくりを進めることができないのです。地域の中には様ざまな入が一緒に暮らし、その中には障害を持つ人や高齢者もいます。そのことを当然のこととして受け入れられる「共生の思想」を地域に育み、誰もが住みやすい「福祉社会」を創造していくことを地域の課題にしていきたいと考えます。「これまでの福祉」の枠組みを越え、「文化の問題、地域社会のあり方の問題」として広い視野で考え合いたいと思うのです。

4 自然に交流できる場づくりを

「地域の中に障害を持つ人や高齢者のいっぱいいる風景をつくりたい」といって、障害を持つ人を囲い込むのではなく、むしろ積極的に地域に出て住民と交流することを推進している福祉施設があります。
障害を持つ人と持たない人が地域の中で自然に交流できる機会は限られています。障害を持つ人は、段差やトイレ、移動手段等の問題を抱え、周りの人の眼も気になり、外へ出る機会か少なくなりがちなのが原因です。そのため自然に出会ったり、接する機会は大変少なく、障害や加齢に対する理解が進みにくい状況があります。学校教育でもそれぞれに別な教育プログラムが用意され、一緒に学習する機会は限られています。こうした悪循環が続く限りお互いの理解を進めることは困難です。ほとんど接する機会がない社会の中で、突然障害を持つ人も持たない人も共に暮らす地域づくりを進めましょう、といってみても単なる掛け声に終わってしまい、多くの人は当惑してしまいます。地域社会の中で自然に交流ができる環境を意識的につくらなければ、いつまでも異質なものを排除するという考え方は変わっていくことができません。
また、「障害者の気持ちがわかるか」「障害者は差別されているから地域に出られないのだ」と障害を持たない人を一方的に悪者扱いしてしまったり、逆にこの言葉で障害を持つ人を特別に囲い込んで、交流の機会を狭めてしまう現状もあるのではないでしょうか。前述した福祉施設の関係者は、「障害を持つ人を囲い込むのではなく、地域に出て積極的に交流することです。交流によってお互いを理解し、よりよい関係をどうつくるかを学び合うことによって、自然に偏見はなくなってしまう」と言います。

5 福祉を知らない人も巻き込んでいく

理屈ではなく「障害は個性だ」と当たり前に感じ合えるまで交流を進めたいものです。
ところが、障害者福祉の現場では、交流を難しく考えすぎると感じる場面もあります。
例えば「障害は個性だ」という言葉を使ったときに、障害者福祉の専門家から、強い抵抗感を示されてしまう場合があります。言葉の問題や理屈をいわれてしまうと、障害を持たない人の中には、頭の中で言葉を必死に選んでいるだけで、交流どころではなくなってしまう人もいます。交流は理屈でも、言葉の問題でもないはずです。理屈で理解してから交流するのではなく、交流の中で「障害はケアが伴ってこそ個性だ」ということに気づき、何か問題なのかを学んでいけばいいと思うのです。
「このことが分からないうちは交流すべきではない」とする考え方の多くは、知らない人を排除してしまうものではないでしょうか。社会に暮らすほとんどの人は障害者福祉の専門家ではありません。障害者福祉をまだよく知らない人ともうまく交流の輪を広げていきたいものです。
高齢者の場合も同様に、地域の中で子どもたちとの交流ができる環境づくりか必要です。そうした交流がないと、高齢者と直に接した経験のない子どもが、高齢者を単に異
質なものとして排除してしまうことになりかねません。
「福祉を特別なものにしない」ための前提として、障害を持つ人や高齢者との自然な交流があるのだと思います。「福祉は特別なものではない」という考え方は、ノーマライゼーションの理念と結びつくものです。地域社会での自然な交流を通じて「社会の福祉化」を進めていきたいものです。そして、現状ではまだ意図的に身近な地域に交流の場をつくっていかなくてはならない現状かあると思うのです。
福祉の専門家や意識の高い人だけが福祉に関わればよい、という時代は終わりを告げました。幅広く交流を広げ、一部の人でなく、誰もが地域の福祉づくりに関わりながら「これからの福祉|のあり方を考えていくことが必要になってきたのです。

6 これからの福祉のあり方

福祉を利用する高齢者から漏れてくる本音から、高齢者の孤独な実態が少しずつ浮き彫りになってきました。
「家にいても年寄りの相手なんかしてくれる者はいない」
「今は体が動くからいいが、何かあったら不安だ」
「家でカラオケを唄ったらボケたと思われる。年寄りは周りに気を使って大きな声も出せずひっそりとしているしかないんだ」
「漬け物の石が重くて上げられずに困っているんだ」
「車もバスもなく、家から出て買い物をするだけでも大変」
「今の若い者は年寄りの話なんか聞こうとしない」・・・
見た目には元気であっても、実際は不安を抱え、心豊かに暮らしていかれない実態があることを痛感します。残念ながらこれが「これまでの福祉」であり、「現実の福祉の姿」でもあるのです。
「これまでの福祉」は、困った人を対象とした特別なものであり、対象者とサービスを点と点で結ぶ発想の強いものでした。そして、そうした福祉のあり方には限界が見えてきました。福祉サービスを充実したとしても、それだけで高齢者は心の豊かさを取り戻すことができるわけではなく、中にはいつまでも「地域でいきいきと暮らせない人びと」でいるしかない人がいるのです。
「これからの福祉づくり」には3つのポイントがあると考えています。
1つは、福祉を地域的な視点で捉え、お互いの顔が分かる福祉を進めることです。具体的には、町会レベルまで福祉づくりを広げていくことです。
2つは、福祉づくりの主体は、自分自身であるということです。これは公的な福祉サービスを否定することではなく、むしろ福祉サービスを利用するうえでも、自ら選択し、決定していくために主体性が重要となるのです。
3つは、効率優先、経済優先、異質なものを排除する、科学万能主義といった価値観が暮らしをゆがめてきたことに気がつき、文化の問題として福祉を捉えることです。そして、「社会の福祉化」を考えていくことです。
こうした3つのポイントを押さえながら、「暮らしの質を高めていく福祉」を目ざしていきたいと考えます。そのことが、高齢者や障害を持つ人を含めた誰もが、住み慣れた地域で心豊かに暮らし続けることができる、「ノーマライゼーション社会」の実現に近づいていくことになるのです。

7 福祉ひろばは「地域福祉文化」創造の拠点

福祉の誕生は、これまでの福祉のあり方を考え直していく切っ掛けとなりました。身近な地域に視点を置くことで、地域のどこにどんな人が暮らし、どんな悩みをもち、何が課題なのか、に気がつきました。お互いに顔の分かる関係をつくりながら、地域の特色を生かした、住民が主体となった福祉づくりが進められるようになりました。
これまでと異った地域福祉の考え方が、行政の中にも市民の中にも芽生えてきています。
『福祉ビジョン懇話会』から身近な地域に『福祉文化』を創造していくことか提案されています。「福祉文化」とは、一人ひとりが自分らしくいきいきと生きるために、それぞれの人権に基づきながら「暮らしの質」を高めていくことです。現代の社会は「経済優先」「効率優先」の価値観が中心となり、心の豊かさを置き去りにし、家庭や地域の機能を減退させ、結果として手のかかることを避け、異質なものを排除する社会を生み出してきました。「福祉文化」は、これまでの価値観を転換し、「心の豊かさ」や「人と人との絆」を大切する「福祉社会」を築き上げるための新しい価値観です。したがって、社会そのものを福祉文化というモノサシ(共通の価値基準)で変えていくこと、「社会の福祉化」を目指すことであると考えます。
「福祉文化」を崇高な理念としてしまうのでなく、自分の問題、地域の課題として考えていくことが重要です。その意味では「地域福祉文化」と置き換えて考えてもいいと思います。本郷や城東地区はじめいくつかの地区で「地区の福祉を考える集い」が開催されています。地区の様ざまな立場の人と地区担当の職員が参加し、福祉を切りロとして考え合う「地域づくり学習」の場となっています。
そこでは、次のような意見が出されています。
「雪かきをしていない坂道をお年寄りか歩くと危険だ」
「歩道にはみ出して駐車する車がいて障害者が迷惑している」
「目が不自由なため、牛乳の日付を誰かに確かめてもらいたい」
「地域のお年寄りどうしが声を掛け合ったり、お互いの見守り活動ができないか」
こうした暮らしの中の具体的な課題を、自分の問題として考え合うなかで、「地域福祉文化」の創造が進められています。
福祉は、「身近な地域に福祉文化を拓く拠点」として、それぞれの地域から福祉文化を育み、発信していきたいものです。その積み重ねは「社会の福祉化」であり、「福祉文化都市・松本」の創造につながると考えるからです。松本ならではの福祉ひろば事業をさらに充実していきたいと思います。

(肩書きは当時のまま記載しております)


このページのトップへ

公民館の発想を取り入れた地域の福祉づくり
~福祉ひろばと公民館の連携~

松本市高齢者福祉課
矢久保 学

1 社会福祉と公民館の関係

「福祉文化都市・松本の創造をめざそう、福祉はもはや特別なものではない」平成10年3月、「松本市福祉ビジョン懇話会」が市長に提出した提言書は、これまでの福祉観を大きく転換する内容が織り込まれていました。これまで福祉は救貧や恩恵のイメージが強く、「できるだけお世話になりたくない特別なもの」という福祉観が一般的で、提言書の内容は実に画期的なものでした。懇話会は、公募を含む市民39名と市職員24名の委員により構成され、松本市の福祉のあり方等について1年半かけて研究・協議してきました。従来型の審議会の形式にとらわれず、市民と市職員が一体となって自由で新しい発想を真剣に出し合ったことが大きな成果につながったのだと思います。
福祉が特別なものであった時代には、「民生委員やケースワーカー等の専門家がプライバシーを保護しながら水面下で関わるもの」と認識されていました。公民館は福祉と異なる社会教育の専門機関であるという意識が強く、公民館が福祉と直接関わることはあまりありませんでした。公民館と社会福祉は共通の理念をめざして重層的に折り重なる関係にあるといわれながら、福祉が特別なものであり、それぞれ独自の歴史や手法をもつ異分野としての意識が強く、相互の関係は希薄なものでした。
松本市の公民館における福祉学習は、①人権教育の一環として福祉の問題が取り上げられ、②仲間づくりや老後の生きがいづくりとして高齢者学級が開かれ、③学習権の保 障という観点から聴覚障害者と学ぶ成人学校などが取り組まれてきました。しかし、社会福祉は公民館の領域外であり、専門的な福祉機関や施設の補完的な役割意識の強い活動でした。公民館と社会福祉の関係が本格的に考えられてきたのは、高齢化の進展によって介護が深刻な社会問題となってきた昭和60年以降のことになります。そして、平成7年度から始まる「地区福祉ひろば事業」が公民館と社会福祉のあり方を問題提起したことが大きな切っ掛けとなり、その一環でまとめられた「松本市福祉ビジョン懇話会」の提言書が、結果的に公民館と社会福祉を理念的に結ぶものとなりました。

2 公民館の発想や手法を取り入れた「地区福祉ひろば」

平成7年4月から始まった「地区福祉ひろば事業」は、福祉に地域づくりや学習といった公民館の発想を取り入れ、身近な地域から住民参加による福祉づくりを進めていく松本市独自の福祉づくり施策です。
事業推進の拠点である「地区福祉ひろば」施設の整備は、全29地区への設置をめざし平成6年度から始まりました。11年度末には24地区の施設整備が完了の見込みで、今後残り5館の整備も進められていきます。12年度から始まる介護保険制度に伴い福祉ひろばの未整備5地区では、小学校や保健センター等の既存施設を利用して福祉ひろば事業の前倒し実施が予定されています。これまでの福祉施設は収容型・サービス提供型であったのに対し、福祉ひろばは自治型・創造型の施設であり「福祉の公民館」としての性格をもつものです。
「松本市地区福祉ひろば条例」(平成7年3月制定)には、福祉ひろばの目的を「高齢者をはじめとする市民が住み慣れた地域において、共に支え合う地域社会の実現に向け、住民参加による地域住民の生きがい、健康及び福祉づくりの増進を図ることと規定されています。現在では、松本市福祉ビジョン懇話会の提言により、福祉は暮らしの質を高めていく地域づくりとしてとらえ直され、福祉ひろばは身近な地域から「福祉文化」を創造していく拠点であると定義づけられています。福祉ひろばは公民館の発想や手法を取り入れ、中でも①身近な地域にこだわること、②住民が主体で市は支援の原則を貫くこと、③福祉には希薄な「学習」を重視することが大切な原則として確認されています。
福祉ひろば事業は、各地区の社会福祉協議会を母体として組織された「地区福祉ひろば事業推進協議会」を中心として、地区の特色を生かした大変意欲的な取り組みが進められています。福祉ひろばの活動を通じ、暮らしの質の向上や福祉文化の創造に向けた取り組みをしていきたいと考えています。各地区では、①ふれあい健康教室、②地区介護者の集い、③地区の福祉を語る集い、④健康・福祉の学習会、⑤ボランティア参加型訪問給食サービス、⑥福祉ひろばまつりといった活動が展開されていますが、人数にこだわった一過性のイベントに力をいれるのではなく、日常的な小さな活動こそ大切だと考えて活動しています。しかし、地域づくりは相当の時間をかけて継続していくものであり、現在の福祉ひろばの活動は、公民館の築き上げてきた地域づくりの土台の上に福祉の根をおろしているといった状況です。
福祉ひろば事業は有賀市長の発案で始まりましたが、前例のない事業のため市民と職員が協同して一歩ずつ事業の充実を図ってきました。公民館では「公民館研究集会」や「市民公開講座地域福祉のまちづくり」「婦人の集い」等をはじめあらゆる機会に福祉ひろばについて考える学習会がもたれました。平成7年度からは福祉ひろばの具体的な実践を通して歩きながら考える手法を使い事業の充実を図ってきています。その結果、事業が始まる前には予想もできなかった事業の広がりや意識の変革、地域のネットワーク化が進んでいます。平成10年度からは、各地区の推進協議会の会長が事例研究や情報交換をおこなう「松本市地区福祉ひろば推進会議」と福祉ビジョン懇話会の議論を引き継いで福祉ひろばの今後のあり方を考えていく「松本市地区福祉ひろば運営協議会」を設置しました。
福祉ひろば事業は今年で5年目を迎え、今後新たな段階へとステップアップしていくことが模索されています。そのキーワードは「介護予防」「健康寿命」「地区福祉」「町会福祉」「地域ケアシステム」「地域の福祉力」「福祉文化」等にあるのではないかといった意見が出されています。今後も福祉ひろば事業を市民と職員が共に歩きながら考え・実践していきたいと考えています。

3 公民館が築いた「地域の福祉力」

近年、社会福祉で「地域福祉」のあり方が問われるようになってきました。特に最近では、介護保険制度の対象にならない部分を地域でどう支え合っていくかが大きな課題となり、社会福祉は地域づくりへ高い関心をもつようになっています。
松本市には、民生委員やボランティアによる食事の手配、家の掃除、病院への送迎といった献身的な活動や近隣の支え合い活動をはじめとする豊かな「地域の福祉力」があります。「地域の福祉力」とは、困っている人を地域で発見し支援していく力であるのと同時に、地域住民相互の信頼関係や地域の自治能力、地域の課題を民主的に解決していく力だといわれています。
「地域の福祉力」に対する社会福祉と公民館のとらえ方や考え方に違いがあると感じています。サービスを提供する側の視点に立つ社会福祉は、「地域の福祉力」を既にあ る地域資源としてとらえ、これをどう生かしていくかを中心に考えがちです。福祉には 「困っている人を何とか支えよう」という現場意識が強く、民生委員やボランティア個人の献身的な活動によって困った状況が解決できれば問題は終りだと考える傾向があり、点と点の結びつきで問題を解決していこうという発想になりがちです。
これに対し、住民と共に課題に取り組む視点に立つ公民館は、住民と協同しながら「地域の福祉力」をどのように維持し発展させていくかを中心に考え、なぜ困った状況が発生しているのか皆で考え、どうやって解決していくかを地域の問題として取り組んでいく、面としての問題のとらえ方をしていきます。
地域づくりには、点ではなく面の考え方が必要です。松本市の公民館は、「仲間づく り」「生きがいづくり」「地域づくり」という呼び方で「地域福祉」に取り組んできました。福祉という意識はあまりなかったのですが、福祉に対するとらえ方の変化もあり、結果として「地域の福祉力」を大きく築き上げてきました。公民館には教育機関としての評価はありますが、地域の中で信頼関係を築き、共に支え合う意識を向上し、地区や町会の自治意識を高め、地域の民主化を図ってきたことが総合的に「地域の福祉力」になってきたという、福祉の枠組みからの評価をあまりしてこなかったのではないかと思います。
「地域の福祉力」は公民館50年の歴史ののなかで築かれてきた「地域の土台」づくりです。地域住民の福祉課題を個別の問題としてとらえると、気がつかないうちに「地域の福祉力」を壊してしまったり、自己決定できないまま「形式的な自立」を押しつけてしまう危険性を感じます。「地域福祉」にこそ幅広い地域づくりとしての学習が必要なのです。公民館と社会福祉が連携していく意義がそこにあると強く感じます。

4 公民館の忘れてきた「縁側機能」

福祉ひろばでは、お茶を飲みながら話しをする住民が増えています。かつて公民館は、地域住民とお茶を飲みながら話を聞き、様々な悩みに応え、そこから地域の実態を把握し地域課題を掘り起こしてきましたが、このところの公民館は合理化の波に押され、学習講座やスポーツ大会の開催等に忙しく、お茶を飲みながらじっくりと住民から話しを 聞くことができにくくなっています。これは公民館の豊かさを切り捨ててきたことにもつながる大きな問題だと考えます。
お茶を飲むことは、公民館の「縁側機能」であり、ここから地域住民と信頼関係をつくり、地域の情報を収集する大切な手段です。お茶を飲まなくなった公民館は同時に地域の課題を掘り起こす機能も弱くなる傾向があります。地域課題は地域住民の暮らしのなかにあり、公民館は住民と接する原点を大切にし、地域住民の生活実態を把握しなければ地域課題は見えてきません。ただ一緒にお茶を飲んでいれば地域課題が見え、地域福祉が進むわけではありません。何のためにお茶を飲むのか、その違いのわかる公民館主事を専門の職員として配置しなければ意味がありません。少なくとも現在ある3年サイクルの異動で専門的な公民館主事を育てることは難しい状況だと感じます。
現在地域にとって大きな課題は「地域福祉」です。この課題を解決していくために各地域で公民館と福祉ひろばがさらに連携を強めて地域の福祉づくりを進めていきたいと 考えます。公民館は地域の土台づくりを担う学習的な側面から、福祉ひろばは現実的な福祉づくりの側面から「地域福祉」を考え実践していくことが重要だと思います。こうした地域での取り組みが「福祉文化都市・松本」の取り組みです。経済優先・効率重視から持続可能な人間社会・共生社会への変革に向けた努力を公民館と福祉ひろばが一体となってめざしていきたいと考えます。

平成12年3月

(肩書きは当時のまま記載しております)

このページのトップへ

トップへ戻る